英国のいわゆる勲章(1792年から1815年)
現代の軍人は将官から一水平・兵士まで色々ないわゆる勲章を身に着けています。しかし、ナポレオン戦争の終るまでそのような勲章はごく少数のしかも高位の軍人に限られたものでした。
いわゆる勲章は現代の英国ではオーダー(order)、デコレーション(decoration)、クロス (Cross) 、メダル (Medal) があります。しかし、ナポレオン戦争が終わるまで、英国王室、政府によって公式に与えられたのは下記のみです。
勲章(order)
- ガーター勲章(Order of the Garter・・・英国最高位の勲章。メンバーは王族、高位の貴族24名のみ、ナポレオン戦争中軍人で騎士叙任されたのはウェリントン公爵(1813年3月)のみ。
- シッスル勲章 (Order of the Thistle)・・・ガーター勲章に次ぐ英国第2位の勲章。メンバーは王族、スコットランド貴族のみ、ナポレオン戦争中に騎士叙任者無し。事実上の活動中断状態。
- 聖パトリック勲章(Order of St. Patrick)・・・シッスル勲章に次ぐ英国第3位の勲章。メンバーは王族、アイルランド貴族のみ、ナポレオン戦争中に騎士叙任者無し。事実上の活動中断状態。
- バース勲章(Order of Bath)・・・英国第4位の勲章。騎士叙任の対象は、類稀なる戦功を挙げた海軍提督、陸軍将軍のみ。
現代のデコレーション(decoration)に相当
- 海軍金メダル(Naval Gold Medal)・・・ 1794年から1840年まで、海軍提督、海軍大佐のみ
- 陸軍金メダル(Army Gold Medal) ・・・1813年から1814年まで、半島戦争、英米戦争に参加した陸軍将官、陸軍大佐のみ
- 陸軍十字章(Army Gold Cross)・・・1813年から1814年まで、半島戦争、英米戦争に参加した陸軍将官、陸軍大佐のみ
ですので王国海軍軍人にとっては王室、英国政府から公式に授与されるいわゆる勲章は、事実上バース勲章(Order of Bath)と海軍金メダル(Naval Gold Medal)のみとなります
勲章の佩用例
Vice Admiral Sir John Thomas Duckworth (1748-1817)の肖像画です。
1794年6月1日栄光の6月1日の海戦(The Glorious First of June)では砲74門戦列艦HMSオリオンの艦長として海軍金メダル(小)を受賞
1806年2月6日 サント・ドミンゴ海戦(Santo Domingo)では、司令長官(海軍中将)として6隻の戦列艦、2隻のフリゲート艦からなる戦隊を率いて5隻の戦列艦と3隻のフリゲート艦、コルベットからなるフランス戦隊と戦い、5隻の戦列艦全部を拿捕、その中には砲120門戦列艦Imperialもありました。この功績により金メダル(大)を受賞しています。
1795年規則の王国海軍中将正装を着用し、左胸のボタンホールから小メダルを、首から大メダルを吊しています。
1801年6月6日にKnight Companion of the Bath(KB)に騎士叙任されており、左胸にはバース勲爵士星章を右肩からバース勲爵士のサッシュを斜めにかけています。サッシュの先端にはバース勲爵士の記章が付いています。
左手に抱えているのは1805年制定のドレス・ソードです。
Captain Sir Edward Berry(1768-1831)の肖像画です。
1812年規則の海軍大佐略装を、リージェンシー時代の男性ファッションの流行に合わせて仕立て、粋に着ています。折り返し襟の仕立てと前袷、ボタンの並びに注目。前袷は胸元だけではなく、腰のところでも折り返しています。ボタンは片側9個ではなく、わざと3個、3個の並びにしています。
この人、ネルソン提督の旗艦HMSヴァンガードの艦長としてナイル海戦(1798年8月1日)を戦い、その後ネルソン提督お気に入りの砲64門戦列艦HMSアガメムノンの艦長としてトラファルガー海戦(1805年10月21日)、サント・ドミンゴ海戦(1806年2月6日)に参戦、計3個の海軍金メダル(小)を受賞しています。他に海軍金メダルを3個受賞しているのは、カスバート・コリングウッド提督だけです。
その3個の海軍金メダルは左胸に並んで留められています。この佩用例は珍しいです。
首から吊しているのはKCBの星章、1815年1月2日にKnight Commander of the Order of the Bath(KCB)に騎士叙任されています。
腰に下げているのは1805年制定のドレス・ソードです。
非公式なメダル
上記は英国政府からの公式な勲章とメダルですが、個人や団体が発行する非公式なメダルも有りました。
一番有名なのはナイル海戦を記念するDavison's Nile Medalでしょう。
トラファルガー海戦の後にもMatthew Boultonが、「Boulton's Trafalgar Medal」と呼ばれるメダルを15,000枚製作しています。
これらは非公式ではありますが戦勝した海戦に参戦した栄誉の証として佩用されました。
Davison's Nile Medal
ネルソン提督はナイル海戦の勝利で拿捕したフランス艦の戦利品取引の代理人として、アレクサンダー・ディヴィソンただ一人を指名しました。
これを受けてディヴィソンは個人的にナイル海戦の栄誉の記念として、ネルソン提督と彼の配下の艦長に金メダルを、海尉と准士官のために銀メダルを、下士官のために金メッキのメダルを、水兵と海兵隊員のために銅メダルを制作し参戦し生き残った全員に与えました。費用は2000ポンドかかったとのことです。
映画「マスター・アンド・コマンダー」で艦長室での晩餐の席に正装して食事をしているシーンで、オーブリー艦長とプリングス海尉が首から吊るしているのがこのDavison's Nile Medal(銀メダル)です。オーブリーは海尉、プリングスは士官候補生としてナイル海戦に参加したことになっています。
このDavison's Nile Medal(金メダル)は、ネルソン提督の旗艦艦長Sir Edward Berryに与えられたものです。
直径は47ミリ、重さは81.9 gです。リボンは失われています。
表の上部には「REAR-ADMIRAL LORD NELSON OF THE NILE」、ネルソン提督の横顔の部分には「EUROPE'S HOPE AND BRITAIN'S GLORY」、裏面の上部には「ALMIGHTY GOD HAS BLESSED HIS MAJESTY'S ARMS」、下部には「VICTORY OF THE NILE AUGUST 1 1798」と刻まれています。また、側面には「FROM ALEXR DAVISON, ESQR. ST. JAMES' SQUARE A TRIBUTE OF REGARD」と刻まれています。